映画「糸」を観ました。恋愛映画に思う王道のあり方について

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映画「」を観ました。
中島みゆきさんの歌を題材にした映画ということで話題になっていましたね。
個人的には「いやー、久しぶりに恋愛映画らしい恋愛映画を観たなあ」という感想です。
何かの映画評か宣伝で「恋愛映画の王道を行く」と書かれていましたが、まさに「これぞ王道の恋愛映画!」と思える内容でした。
ど真ん中。直球勝負!

映画『糸』公式サイト
菅田将暉×小松菜奈。珠玉の名曲、中島みゆきの名曲「糸」を映画化!めぐり逢う、二つの物語。大ヒット上映中!

映画「糸」公式HPより

簡単に言ってしまうと、中島みゆきさんの歌詞にあるように、二人の男女の人生が縦糸と横糸のように時に重なり合い、時にすれ違いながらも最後には結ばれるというストーリーで、キャラクター設定とストーリー展開に無理が無く、リアリティのある恋愛映画になっていると思います。
そう、日本の田舎町で、もしかしたらこんな恋愛をして結ばれる男女もいるかもしれないな、くらいのリアリティ。(主人公の女性が子供の頃虐待を受けていたという設定も、悲しいですが現実社会では珍しいことではありません。)
SF的な想定があるわけでもなく、ハラハラドキドキの冒険があるわけではありませんが、ごく普通の人々の人生の中でリアルな恋愛を描こうとすれば、それほど突拍子もないことが起こるはずがありませんよね。
「どこかで聞いたことある話だよなぁ」とか、「そうそう、俺もあんな風だったよ」的な既視感。
主人公たちが中学生の時に偶然出会い、親たちの事情で離れ離れになり、大人になって再会するという想定は、「フォレストガンプ」や「白夜行」で既に観たことのあるストーリーです。さらに再会の場が共通の友人の結婚式という無理のない設定は特になんの意外性もありませんし、現実によくある話です。
そもそも恋愛映画にリアリティを求めれば求めるほど、既視感のあるパターンにはまってしまうのは当然です。実社会の恋愛の大方はそれほど意外性に溢れているわけではないし、大体は何らかの形で既に小説や映画で描かれてしまっている。そこがラブストーリーの難しいところだと思います。
この映画も「ああ、たぶん次はこうなるんだろうな」と想像が出来てしまう、期待通りというか、全て既視感のある想定の中でストーリーは進んでいきます。
よくも悪くも裏切られないストーリーになっているのです。
主人公の女性が同棲していた若手起業家がリーマンショックで失踪したり、男性の主人公は職場で知り合った女性と結婚し、子供を授かりますが、その後奥さんは不治の病で亡くなるという設定も、結果だけを見れば神様(作者?)が最後に二人を結びつけんがために用意した人員配置に思えますし、観る側もある程度結果を想定しながら見ていると思います。
こう書いてしまうと、つまらない映画かと思われそうですが、そんなことはありません。
恥ずかしい話ですが、僕はこの映画を観ながら何度も涙を流してしまいました!
むしろ、こういうリアリティのある恋愛映画ではそれぞれのエピソードに自身の経験や想いを重ね合わせたりして主人公と共感しながらストーリーを追いかける観かたを楽しむものだと思います。
主人公たちが中学生の時に初めて出会うのが、町の花火大会という設定も、男の子が夕暮れの丘で「俺は葵ちゃんが好きだ―」と叫ぶシーンも、ああ、俺も中坊の時あんなことしたかったなぁと胸キュンで観てしまいます。
最後にフェリー乗り場で人混みの中、なかなか相手を見つけられず、それでもなんとか二人が再会してお互いの存在の大切さを確かめ合うシーンはやっぱり良かったなあと素直に思うものです。
そして、エンドロールでの結婚式。これぞ王道というハッピーエンドでした!

王道的なストーリーでは、展開の意外さを期待するのではなく、「いかにキャラクターへの共感で展開を楽しめるか」ということが大切なんだなぁ、と改めて感じる映画でした。

ちなみに、この映画では主人公たちは平成元年生まれという設定で、平成という時代を振り返るという楽しみ方も出来ます。映画の中に時々「平成13年」とか「平成21年」というテロップが出るのですが、それがそのまま彼らの年齢と言うところが分かり易かったです。

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