花の写真

Life

こんにちは。

東日本大震災から10年が経ちました。

震災当日の出来事や、その後の生活の変化など個人的な体験として記憶していることと、原発事故も含めてメディアなどで社会全般に語られている情報が、僕の中で色々な階層で複雑に折り重なって、「東日本大震災」という漠然としたイメージを形作りながら、この10年を過ごしてきた気がします。僕自身、震災当時は関東に住んでいたにも関わらず、時の流れとともに次第に記憶が風化しつつあることも否めません。

そんな中で、僕が今でもずっと忘れられないことがあります。

それは、津波で両親を亡くしたある少女について書かれた新聞記事のことです。今でもその少女のことを思い出す時、僕は胸が痛む思いがします。

確かその少女は、当時幼稚園か小学校低学年くらいだったと思います。
彼女の両親は津波に飲まれて消息不明になり、家に帰ってきませんでした。
彼女はおばあちゃんと一緒に暮らしています。

「毎日、いい子にしていたら、きっとお父さん、お母さんは帰ってくるよ」

誰かが言ったその言葉を信じて少女は毎日、一生懸命勉強したり、良い子でいようと努めます。

新聞にはそれだけの記事と、机に置かれたノートに向い、鉛筆で何か書いている少女の写真が載っていました。

「消息不明」という状況が続く中、大人たちは両親の死を確信していたに違いありません。でも、それを少女に伝えられなかったのです。
「自分が良い子でいたらきっと両親が帰ってくる」と信じている彼女の想いはおそらく叶うことは無かったでしょう。
あれから10年、きっと彼女はどこかで両親の死を理解し、もう二度と会うことは出来ないという事実を受け入れたのだろうと思います。

その頃よく聴いていたスピッツの『とげまる』というアルバムに収録されていた『花の写真』という曲があったのですが、その歌詞とこの記事の少女のイメージが重なって、僕は毎年、この時期になると、『花の写真』という曲とこの少女のことを思い出します。

また同じ 花が咲いた

大事な君に 届きますように

こんなことしか できないけれど

泣きそな君が 笑いますように

鮮やかな 雨上がりで

僕らの明日も 澄みわたりますように

(スピッツ「花の写真」より)

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