コーヒーの思い出2/缶コーヒーはつらいよ

coffee

こんにちは。
今日はコーヒーにまつわる思い出として、学生時代のアルバイトのことを書きたいと思います。といっても喫茶店やカフェで働いていた、という話ではありません。
それは、昭和が平成に変わるちょっと前のことでした。
大学2年生の春休みに私は友人と二人でおよそ一か月間、肉体労働のアルバイトをすることになりました。当時で日当1万円くらいもらえたので、一か月働くとかなりの稼ぎになりました。
そのバイト先は、歩道や公園に敷かれている「インターロッキングブロック」と呼ばれる舗装用のブロックを施工する会社でした。
年度末は、自治体が余った予算を使い切るために、やたらと公共施設の新設や補修工事が多いこともあり、春のこの季節だけ、地方から出稼ぎに来ている人たちがたくさんいました。私のバイト先にも東北から来ていた男の人が3人いました。私と友人、それに東北から出稼ぎで来ている3人で、毎日せっせとブロックを運んでは地面に敷き詰めていく作業をやりました。色の違うインターロックブロックを適度に混ぜながら敷き詰めていくにはそれなりのテクニックが必要でしたので、私たちバイトはもっぱらトラックに積まれたブロックを一輪車に積んで運ぶのが仕事でした。時給が良かったとはいえ体育会系とは程遠い肉体と体力の持ち主であった私にとっては相当きついバイトでした。今思えば、お金に目がくらんだとしか考えられません。
この3人の中に、私たちのグループを監督しているおじさんがいました。他のメンバーから「親分」と呼ばれていたので、毎年リーダー役をやっていたのだと思います。この、ちょっと藤田まことに似た「親分」はとても面倒見のいい人でした。それに加えて気前も良かったのです。作業をしていると、2時間おきぐらいに休憩を入れるのですが、その度に「おい、ちょっとコーヒー買ってこいや」と言って小銭をくれます。私と友人は休憩が取れるのと、無料でコーヒーが飲めるのが嬉しくて喜んで自動販売機に走っていきました。


当時、自動販売機で売っているコーヒーと言えば、缶に男の人の顔が描かれたポッカ・Mコーヒーか、コーヒー豆を入れる袋の布地がバックに印刷されたダイドー・ブレンドコーヒーでした。
ブラック無糖や、微糖といった「甘さ控えめ」のコーヒーはまだ世の中に存在せず(少なくとも自動販売機には無かった)ウーロン茶やミネラルウオーターもありませんでした。私たちは親分に「コーヒーを買ってこい」と言われたので毎回、律儀に思いっきり甘い缶コーヒーを買っていました。缶コーヒーには角砂糖にして3~4個分の砂糖が入っていると言われています。いくら甘いコーヒーが好きな人でも喫茶店でコーヒーを飲む時に砂糖を3つも入れる人はいないですよね。私たちはそんな極甘の缶コーヒーを一日に4本飲むことになったのです。さすがにこれには耐えられなくなりました。一週間もすると、缶に描かれたおっさんの笑い顔が憎たらしく思えてきました。それでも親分に申し訳ないという気持ちもあり、結局ひと月近く毎日甘い缶コーヒーを飲み続けたのでした。幸い肉体労働でカロリーは十分消費していましたので、太るということはありませんでしたが。それ以来、缶コーヒーが苦手になりました。それでもたまに缶コーヒーを飲むことがあると、このアルバイトの出来事が思い出されるのでした。

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