人を信じるということ

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「いい子に成長してくれて、おじさん、うれしい!」という気分
こんにちは。今日は全然コーヒーとは関係ない話です。
唐突ですが、浅田真央さん、福原愛さん、芦田愛菜さん……
おそらく、日本人で彼女たちに好感を抱かない人はいないでしょうね。
では、この三人に共通することは何でしょう?
当然お分かりだと思いますが、この三人に共通することは、まずは僕たちが彼女たちの幼い頃のすごく可愛かった姿を記憶していること。そして彼女たちが、ひとつのことに取り組み続け、大人になっても変わらず活躍を続けてくれているということです。
僕自身、彼女たちの真摯にものごとに取り組む姿にはたくさんの感動をもらい、時には涙ながらにその活躍を観させてもらったものです。
浅田真央さんや福原愛さんのオリンピックでの感動的な競技しかり、子役時代から変わらない芦田愛菜さんの卓越した演技力しかり、です。
彼女たちの頑張っている姿を観ると、親とまではいかないまでも、つい親戚のおっちゃんやおばちゃんの心境で見つめてしまう自分が居ることに気付きます。
「まあ、あんなに小さかった愛ちゃんがオリンピックで立派に活躍して」と彼女たちの成長物語に、頭の中で走馬灯がフル回転してしまう。結婚して幸せな姿を披露してくれた日には、思わずハンカチで目頭をおさえてブラウン管(今は液晶か)の向こうを見つめてしまうのです。
子供の時はすごく可愛いかったのに、変にセクシー路線に走ってしまったり、あるいは見る影も無く変わり果ててしまう人も多い中、彼女たちは僕たちの期待を裏切ることなく、真摯に努力を続け、誰からも愛される大人になってくれました。
なんていい子たちなんだ! おじさん、うれしいよ!
彼女たちの成長物語とそれを見守る我々国民の視線は、とても日本的(日本のお茶の間的というべきか)であり、日本人が好きなストーリーだと思います。
もちろん、海外にも同じように幼い頃から注目を浴び、大人になっても活躍している人はたくさんいます。ちょっと古いですが映画レオンでマチルダを演じていたナタリー・ポートマンや、テニスのマルチナ・ヒンギスなどがその代表でしょう。ハリーポッターに出てた子たちも今では立派な大人になっていますし。
しかしその評価の多くはセクシーになったとか、美人になったとか、とても親身になって彼女たちの成長を見守っているとは思えないものが多いように思います。
もちろん、浅田真央さんや福原愛さんも十分大人の女性として魅力的だと思いますが、そのことを強調して語られるようなことはありません。正月に久しぶりに会った姪に「お前、色っぽくなったなぁ」とは言わないのに似ています。そんなことをしたら一生、エロ親爺のレッテルを貼られてしまいます。

人を信じるということ
さて話は変わりますが、いま映画「星の子」の舞台挨拶で芦田愛菜さんが、「人を信じるとはどういうことか」と質問された時の答えが巷で話題になっています。
まだこの映画を観ていないのでよく知りませんが、どうやらこの映画では、「人を信じる」ということがテーマになっているようです。
僕もこのやり取りをたまたまYouTubeで観ましたが、彼女の発言に「ほうっ」と思わず感心してしまいました。
彼女は「信じるということはどういうことか」という問いに対し、次のように答えています。

「人は誰かと接する時に、自分が理想とする人物像を心に描いて、それに期待してしまう。裏切られたと感じるのは、その人が裏切ったのではなくて、その人の見えなかった部分が見えただけであり、その時に、それもまたその人なんだと受け止められる揺るぎない自分の存在が信じるということなのだと思う」
芦田愛菜主演、映画『星の子』公式サイト 2020年10月9日(金)全国公開!
映画『星の子』公式サイトです。主演:芦田愛菜、監督:大森立嗣(『日日是好日』)で芥川賞作家・今村夏子の原作を初映画化!2020年10月全国公開!

彼女のこの発言に対し、共演者たちは総じて「しっかりしてるでしょ」という反応を示しています。
この舞台挨拶での芦田さんの発言に対する街の声や、マスコミの反応も「まだ16才の子が、どうしてこんなことが言えるのだろう!すごい!」というものが多いし、それに対するコメンテーターの答えは「彼女は年間100冊以上本を読んでいる。それが彼女の高い思考能力を育てたのだ」というような論調が多いです。
もちろん、それらのコメントは間違ってはいないし、読書の重要性を否定しません。16才にしてこの発言は素晴らしいということにも同感します。
でも注目するのがそこなの?という思いがどうしても拭えないのです。僕は、もっと彼女の発言そのものの「深さ」に注目すべきだと思います。
僕自身、誰かに「裏切られた」と感じたり、「期待していた反応や成果と違う」と憤ることはあります。でも、それってその人の行為が、自分が勝手に作り上げた「その人像」と、なんか違うというだけのことではないでしょうか。そもそも「その人像」って何なんだ? 相手のことを完全に理解しているというのは厚かましい考えだし、エゴ以外の何ものでもない。人間はもっと多面的で複雑なものなのです。
「所詮、人間は裏切るもの」と、最初から何も期待しないという冷めた対応もあります。それは自分自身が傷つかないための手段のひとつではありますが、そこから何かが生まれるとは思えません。
芦田さんは、その人の違う面が見えた時に、それもその人なんだと受け入れること、自分が知らなかった一面を持っていること(たとえそれが自分の意に反するような一面であっても)を嫌悪しないこと、それらをひっくるめて、その人なんだと思うことが「信じること」につながる、と言っています。
さらに、彼女は、こう続けています。

「人を信じることはとても難しい、だから口に出して信じていると言ってみたり、理想像にすがるようなことをするのだ」

言い換えると、人間は、自分の心の脆さや弱さを自覚しているものであり、それを補ったり、自身に勇気を与えたりするために言葉や祈りを口にするのだ、ということまで言及しているのです。
僕が、なぜ芦田愛菜さんの発言に感心したかと言うと、これら一連の発言は、彼女の年齢が若いから、ということとは関係なく、普段、僕の中でなんとなく考えていたことを的確に言葉として言い現わしてくれていたからです。
やはり、ぼんやりと感じていたことを、的を得た表現で言葉にされると、すーっと心に入ってくるものです。

まさか無いとは思いますが、彼女の発言が、初めから誰かに仕組まれていたもので、「こう質問されるから、それにはこう答えなさい」と台本を渡されていたら嫌だなあと思います。
もしそうだとしても、あれだけのセリフを、まるで自分の言葉のように語れる芦田愛菜さんの演技力は、それはそれですごいと思いますけどね。
人を信じるということについて考えている自分が、メディアを信じられないというのはどうしたものかと思います。
でも、これまで散々裏切られているからそれはそれで仕方ないのかもしれないと思うのでした。

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